ちょこママnz

ニュージーランドでいろいろ感じること、ハッピーだなと思うことを書き留めたい。

只今時差ボケ中、20年以上旅していてこんなの初めて

12月19日に無事ニュージーランドに帰国しました〜。2週間の日本旅、つ、つかれた〜。

 

2泊お隣の都市で体をなれさせ、実家のある場所へ移動。私と息子にとって初めての実家。5年間戻ることができなかった間に、実家がお引越しをしたのだ。

 

以前は、街中に15分くらいでつく、スーパーも歩いて2分、バスも3路線あって便利なところに住んでいた。

 

今回のところは、なんと、近くに「牧場」と名のつく場所があったり、スーパーは私の足で15分もかかる田舎に引っ越した。バス停も直ぐ側にあるが、なんと1時間に一本。街中に到達するのにバスだと1時間近く。ひー。

 

新興住宅地で、周りは小さいお子さんがいる若い家庭がほとんど。

 

しかし、家はやはり機能的。2枚ガラスに、自動のシャッター付き。風呂場は衣服乾燥室になるし、家電製品はアレクサが面倒見てくれる。「リビングの電気をつけて。暖房を6時につけて。テレビのボリュウームさげて」。何なら、洗濯機が「おはようございます。今日もよろしくお願いします」と挨拶をするじゃないか。

 

ニュージーランドとのあまりの違いに戸惑った。

 

そんな便利な環境だが、仕事に追われる弟妹と認知症が進んだ母の3人ぐらしは大変だということがしみじみわかった。

 

今回は、介護に疲れが出ている弟妹に少しでもホッとしてもらえる時間ができれば、そして、掃除や料理をしたいと思っていたが、私も療養中のため、思うようにはできなかった。

 

でも、できる範囲でできることをやってきた。

 

なかなかぐっすり眠ることができず、結構疲れた。

 

ニュージー帰国後、寝る、起きて食べる、眠気に襲われ日中に3回ほどのパワーナップ(10分から30分くらいの短い昼寝)。それを3日間。こんなに時差ボケしたのは初めてだ。

 

でも、今回短期ではあったが、実家に帰省し、母や弟妹たちと過ごせて良かった。

 

認知症が進んでいる母を見るのは最初ショックだったが、いいこともあった。それは、母が私を嫌いだったことがあやふやになっていたことだ。

 

なんと、人生大きくなってから初めて母と手をつなぎ、近所をほんの5分ほどだったが散歩した。「手が温かいね〜」と母が言った。すごく嬉しかった。

 

料理が上手で、多趣味で、カラオケが好きだった母。引っ越して友達からも離れたのもあるが、もう何も趣味はやっていない。料理も段取りがわからなくなってやらないようになった。

 

でも、母親ということは忘れていないらしい。

 

「ごめんね、なんにも用意してあげれないね」

「寝るところはあるの?」

「もうなにもわからなくなった」

 

こどもと孫がきたのに、何もしてあげれないと思ってくれているようだ。

 

「えー、美味しいもの食べてるよ〜。妹が部屋をあけてくれて息子と大の字で寝ているよ〜。いいじゃん、91歳、いろいろ忘れるよ〜。長生きが一番のプレゼントだよ」と話した。

 

 

 

空港まで見送りに来てくれた。ありがとう、おばあちゃん