ちょこママnz

ニュージーランドでいろいろ感じること、ハッピーだなと思うことを書き留めたい。

最近、ようやく映画をみる余裕ができてきたと実感

映画は好き。子供の頃はテレビで、中学に上る前くらいからは姉と二人で映画館に。アート系も好きだったので、古い、雨の降るような映画(フィルムが傷ついていて、雨が降るような線がいっぱいでてくる)もよく観たな。

 

大人になってからは、時間があるので一時期、年に100本くらいは観てたかな。

 

が、息子を生んでからは、超忙しいからレンタルビデオで映画、さえもできていなかった。しょうがないよね〜、と思っていた。

 

息子が大きくなってからは、だんなと交代で自分の時間をたまに取るようにしている。2時間とか半日オフとか。デートさえも、昼休みのだんなに会いに行くくらいだった。

 

が、息子13歳、一人で家にいていい14歳まであと1年もない。おかげで、来年からどういうふうに生活が変わるか楽しみ。息子も私といつも一緒じゃなくて済む。良かったね。

 

6月は、実家のことで色々とあり、凹むことも多かった。だんなに土曜日に半日オフをもらった。で、なにか考えずに、スカッとしたいな〜、と思い行ったのが、「クルエラ」。衣装が豪華で、おごり高ぶったトップデザイナーの鼻をへし折るクルエラと仲間のアクションに気持ちもスッキリ。映画っていいよね〜、と思った。

 

Lighthouse Cubaの2階。カウチもあってリラックスできる。奥にクルエラのポスター。

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そして、もっと映画見よう〜と、たまたま見つけたMinamata。そう、水俣病が日本で認定されるまで、チッソの無責任な対応ぶりを映画にしたMinamata。当時の水俣病の患者の様子も出てきて、心が痛くなった。魚が危ない、とわかっていても貧しいから魚を食べないわけにはいけない。かかってしまった子供をずーっとずーっと面倒をみる親。言葉を喋れないけど彼らが発する音と会話する親。きっと、皆がこんなにできていたはずはないと思う。でも、親って子供をこんなふうに愛するんだな、と、果たして私もあの状況でそんなふうにずーっとずーっと愛し続けれるのだろうか…。

 

 

息子を身ごもったとき、だんなも私も高齢親だったので障害を持つ子供の確率は高かった。でも、授かった子をその可能性があるから諦める、という事はしたくない、とだんなと確認。だから、助産婦に「超音波でなにかリスクがあるとわかっても、それが私が薬を飲むなど対応できるものでない限り教えないでほしい。どの状態でも私達は受け入れます。」と伝えていた。

 

だが、この土地で一番の古株助産婦は「首の後ろのひだの厚さがダウン症候群の確率が高いことを示している」とだんなに電話してきた。しかも、「言わないわけにはいけない」と。

 

日本人ママの集まりに出た私は、上機嫌でドアを開けた。あれ、だんなの顔がくらい。

 

だんな「助産婦Cさんから電話があったよ。」

 

わたし「赤ちゃん、健康で育っているんでしょ?」

 

だんな「ダウン症候群の可能性があるらしい」

 

「薬で少しでも改善されないものなら受け入れるから教えないでといってたじゃん!それだけ確率高いの?」と私はその日ずっとベッドで泣いた。

 

 

 

 

でも、翌日から、「よし、じゃ、絶対に助けが必要になってくるから、サポートグループとか探そう!泣いていても仕方ない、できることをしよう。私はこの赤ちゃんと生きたい。」と強く思った。

 

本当は心配しながらの妊婦生活はしたくなかったが、「100%の確率ではないんだから。だから、出たとこ勝負。心配は生まれてからにしよう。今はできることを調べて、あとは幸せな妊婦生活を心がけよう。」と自分に言い聞かせた。

 

そして、息子が生まれた。元気だった。

 

感謝した。そして、心配に押しつぶされるような妊婦生活をしなくて良かったと思った。出たとこ勝負。もし、そうなら受け入れる。

 

あれ、映画の話からそれたな。

 

人間とは現金なもんで、無事生まれたことに感謝出いっぱいだったのに、息子のちょっとしたことでイライラしてしまったりする。だけど、このMinamataの親たちがどんな状態でも子供を愛おしいと思う気持ちに、あー、小さいことで色々言わないようにしよう。私はどんなときでも息子が愛おしいのだから、と気づかせてもらった。

 

私生活では、色々お騒がせのジョニー・デップ。でも、この映画でいい味出していた。日本公開は9月らしい。チャンスがあれば、ぜひ観てみては。

 

 

 

Penthouse Cinemaの入り口にあるポスター。渋い、飲んだくれのカメラマン役のジョニー・デップがいい。

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初めて知った。水俣病の認識を広めたのは、アメリカのカメラマン、W. Eugene Smithが撮った衝撃的な水俣の人々の様子が雑誌に載ってからだ。