ちょこママnz

ニュージーランドでいろいろ感じること、ハッピーだなと思うことを書き留めたい。

日本語の進化?変化?についていけてない。いや、いけているか

最近ユーチューブをよく観るからか。以前から「?」と思っていた日本語がさらに増えてきた気がする。

 

観ていてしゃべっている言葉は確かに日本語だけど、わからない言葉が多い。文脈から「多分こういうことを言ってるのかな?」と想像できるものもあるが、全くわからないものも結構ある。

 

その一例は、

 

  • 詰む  行き詰ったりなすすべなしの状態になったりすることを表す
  • オワコン 終わったコンテンツ
  • キモイ 気持ち悪い
  • JK 女子高生
  • おわた 終わった
  • がち 本気で

 

調べてみると、なるほどね、とも思える。だけど、どうしてこんなに複雑にしないといけないの?海外にいる日本人にとっては目が点になって、「ちょ、ちょっと待って。日本語しゃべってるよね?なに、今の意味?」と焦ってしまう。

 

昔、KYと言っているのを聞いて本当にわからず、意味を説明してもらっていかにも日本らしい行動をアルファベットで表していて、なんだか聞くたびに脳が一生懸命翻訳しているのを感じたこともあった。

 

日本語なのに、翻訳。なぜに?

 

今はいい。日本にいなくてもこうしてユーチューブやテレビで最新の日本語を聞いて、何とかみなさんについていける。

 

が、私がニュージーランドに初めて来た1990年。まだインターネットもなかった。日本のことを知るのは、日本人観光客がよくいくお土産屋さんがファックスで取り寄せている共同通信のニュースのコピーを知り合いから見せてもらう、くらいしかなかった。

 

電話代も、当時一分300円くらいしていたと思う。高すぎて、めったに電話はしなかった。手紙だと1週間くらいかかっていたので、そんな貴重な通信に最新の日本語を使う人もいなかったな。きっと私のことを気遣ってくれたのもあるかも。

 

だから、1991年に一年半ぶりに日本についたとき、驚いた、驚いた。

 

テレビニュースで話しているキャスターが早口。しかも、言葉を区切りながらじゃなく、パーっと一文を読み上げている。「え、前ってこんなんじゃなかったよね?」

 

「笑っていいとも!」を観ていても、なんか言ってることが聞き取れるけど、わからなーい、状態だったのを思い出す。

 

日本に3年帰ってないが、話についていける自信はきっと2022年の今のほうがあるだろう。だって、ほぼ同時くらいにネットで情報が入るから。ありがたや、と思う反面、「あー、私は日本から離れていたんだなー。」としみじみ感じることも少ないのだろうな、と思う。

 

インターネットさまさま、と言うのを書いた昔の記事

choukoureimamanz.hatenablog.com